エドワード・スノーデン

エドワード・スノーデン, by Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki?curid=2797773 / CC BY SA 3.0

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エドワード・ジョセフ・スノーデン(英語: Edward Joseph Snowden、1983年6月21日 – )は、アメリカ国家安全保障局 (NSA) および中央情報局 (CIA) の元局員である。
NSAで請負仕事をしていたアメリカ合衆国のコンサルタント会社「ブーズ・アレン・ハミルトン」のシステム分析官として、アメリカ合衆国連邦政府による情報収集活動に関わった。
2013年6月に、中華人民共和国香港特別行政区で複数の新聞社(ガーディアン、ワシントン・ポストおよびサウスチャイナ・モーニング・ポスト)の取材やインタビューを受け、それまで陰謀論やフィクションで語られてきたNSAによる国際的監視網(PRISM)の実在を告発したことで知られる。
2013年6月22日、米司法当局により香港政府に臨時逮捕と引き渡しの要請が出され、エクアドルなど第三国への亡命を検討しているとされていたが、同年8月1日にロシア移民局から期限付きの滞在許可証が発給されてロシアに滞在中である。
2014年1月、ノルウェーのボード・ソールエル元環境大臣からノーベル平和賞候補に推薦された。
1983年6月21日、アメリカ合衆国ノースカロライナ州エリザベスシティで生まれ、ウィルミントン市で育てられた。
父ロニー・スノーデンはペンシルバニア州籍でアメリカ沿岸警備隊に勤務し、母はボルチモア出身でメリーランド州の連邦裁判所職員を務めていた。
国家公務員として公職に就く両親の元に育ち、後に自らもCIA職員として公職を務める事になる。
16歳の時、両親の離婚により、母方の故郷であるメリーランド州のエリコット・シティに転居している。
病気療養を理由にボルチモアの高校を退校するが、General Educational Development(中等教育修了証)を取得し、メリーランド州のアン・アランデル・コミュニティカレッジ(単科大学)に入学してプログラミングなど計算機科学を専攻した。
この時に学んだ知識が後の立場に繋がったとみられるが、卒業はしておらず途中で大学を離れたと見られている。
インターネット上ではテクノロジー・ウェブサイトであるArs Technicaに文章や写真及びゲームを投稿する常連投稿者として知られていた。
上記Ars Technicaでのハンドルネーム The True HOOHA の意味も「真の風破」だという。
ゲームについては対戦型格闘『鉄拳シリーズ』のファンで、「困難を物ともせず悪と戦うこのゲームが、自分の道徳観を形成した」とまで述べている。
また子供時代にはスポーツやテレビ鑑賞にはあまり関心を示さずギリシャ神話を読みふけり、大きな影響を受けたとも述べている。
2002年から2004年にはアニメファンの同人サークル「Ryuhana(竜花) Press」の会員として、ウェブサイト管理を引き受けていた。
2003年、当時19歳であったスノーデンは大学を離れた後、自身が求職中であると前述の「Ars Technica」のウェブサイト上で記述している。
対テロ戦争によってアメリカ軍が大幅な人員増加を進める中、2004年5月7日にスノーデンはアメリカ軍に志願制度で入隊した。
情報工学の知識を評価されて、特技兵(技術担当兵)の兵科に配属され、更にイラク戦争に派兵される予定の特殊部隊の新兵として配属されている。
スノーデンは「自由の為の戦い」を望んで、イラク戦争への派遣を自ら志願するなど意欲のある軍人だったが、訓練中の事故で両足骨折の重傷を負って、同年9月28日に除隊した。
失意の中、治療を終えると国家安全保障局(NSA)からスカウトを受け、2005年にメリーランド大学言語研究センターの警備任務に配属された。
ケース・アレクサンダーNSA長官はスノーデンとの契約は12か月間であったと説明している。
またこれに前後して中央情報局(CIA)からも接触を受け、2006年にCIA職員として雇用されてコンピュータセキュリティに関連した任務に参加した。
2007年にはスイスのジュネーヴでの情報収集に派遣され、同じくコンピュータセキュリティを担当した。
2009年2月にCIAを辞職し、同年NSAと契約を結んでいたDELLに勤務、スノーデンは日本の横田基…

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